ブエノスアイレス

ブエノスアイレスの歩き方|地区ごとの性格と3日間の回り方

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ブエノスアイレスの歩き方|地区ごとの性格と3日間の回り方
目次
  1. ブエノスアイレスとは
  2. 地区 (バリオ) ごとの歩き方
  3. パレルモの森 (2月3日公園) と、その周りの見どころ
  4. カルロス・タイス植物園 (Jardín Botánico Carlos Thays)
  5. スペイン人記念碑 (Monumento a los Españoles)
  6. 旧動物園はエコパルケ (Ecoparque) に
  7. ベルグラーノの中華街とエル・モヌメンタル
  8. 3日間の観光モデルコース
  9. 1日目: 歴史の中心とタンゴの夜
  10. 2日目: サン・テルモとラ・ボカ
  11. 3日目: パレルモとレコレタ
  12. この街は胃袋で回っている
  13. この街が世界に贈ったもの、タンゴ
  14. どこに泊まるか
  15. アパートメントという選択肢
  16. 予約するときに見ること
  17. 移動はアプリ配車と地下鉄と徒歩で足りる
  18. 日曜はフェリアの日
  19. ブルーレートという、もう一つの為替
  20. 子ども連れのブエノスアイレス
  21. ブエノスアイレスを歩く
  22. 路面電車が走っていたころ
  23. 関連記事

ブエノスアイレス (Buenos Aires) は、スペイン語で「良い空気」を意味する、アルゼンチンの首都です。19世紀の繁栄が残したパリ風の街並みから「南米のパリ」と呼ばれ、タンゴが生まれ、世界一の牛肉が焼かれ、深夜まで人々が語り合う街。この記事は、この街で暮らしてきた当サイトのチームによる完全ガイドです。

昼のオベリスコを渡るオベリスコ 2022 ・ 撮影 大長志野アーカイブで見る

ブエノスアイレスとは

名前はスペイン語で「良い空気」という意味で、船乗りの守護聖母に由来します。市域におよそ300万人、都市圏まで含めると1,500万人が暮らす南米有数の大都市です。

この街を理解する鍵は移民です。人口の6割以上がイタリア系のルーツを持っています。カフェとピザとジェラートの水準が異様に高いのは、そのためです。

街なかの通り。装飾の多い古い石造りの2階建ての建物が、左右を高層ビルに挟まれて残っている
街なかの通り。鉄のバルコニーと彫刻の飾りを持つ古い建物が、高層ビルのあいだに残っています。ヨーロッパ風の古い建物とその後の建物が、一本の通りに地層のように並んでいます (現地スタッフ撮影)

日本との時差はちょうど12時間。気候は温帯で四季があり、季節は日本と逆になります。

オベリスコへ続く通り
オベリスコへ続く通りセントロの大通り 2022 ・ 撮影 大長志野

地区 (バリオ) ごとの歩き方

ブエノスアイレスは「バリオ」と呼ばれる地区の集合体で、通り一本で表情が変わります。主要バリオの性格を知ることが、この街の歩き方のすべてです。

ブエノスアイレスの街角。ゴシック様式の教会の前をコレクティーボ (路線バス) が走る
プラタナスの並木、ゴシック様式の教会、その前を走るコレクティーボ (路線バス)。ヨーロッパの建築と南米の日常が同居するのがこの街の景色です (現地スタッフ撮影)
バリオ性格見どころ
パレルモ緑と食の中心。治安も良好公園群、日本庭園、パリージャ、カフェ
レコレタ高級住宅街と芸術レコレタ墓地、美術館、書店エル・アテネオ
サン・テルモ石畳とタンゴの古い街日曜のフェリア、タンゲリーア
セントロ政治と歴史の中心オベリスコ、五月広場、大統領府
ラ・ボカカラフルな港町 (要注意エリア)カミニート、ボカ・ジュニアーズのスタジアム
プエルト・マデロ再開発された湾岸夜も歩ける遊歩道、高級レストラン
古い建物の中の商店街 (ガレリア)。モザイクの床に床屋の看板が立ち、奥にパソコン店のネオンが光る
ガレリアと呼ばれる、建物の中の小さな商店街。床屋、パソコン店、古着屋が数軒だけ集まっています。日本の商店街ほどの規模はなく、通りに面した入口から奥へ細長く続きます。どのバリオにも、こうしたガレリアがいくつかあります (現地スタッフ撮影)

カミニートは「歩ける範囲は観光区画だけ」、レティーロ駅周辺は近寄らない、が鉄則です。エリア別の安全度は治安ガイドの地図で確認してください。

パレルモの森 (2月3日公園) と、その周りの見どころ

パレルモの公園群の中心は、正式名を2月3日公園 (Parque Tres de Febrero) という、通称「パレルモの森 (Bosques de Palermo)」です。名前の日付は1852年2月3日、カセーロスの戦いで独裁者ロサスが敗れた日で、公園そのものもロサスの私邸があった土地の上に作られています。

ロサスは1836年からこの一帯の湿地を買い集め、広い屋敷を構えていました。敗北の直後、州はその土地を公有地として取り上げます。1874年の国の法律で公園の建設が決まり、名前はこの戦いを記念して議員のビセンテ・フィデル・ロペスが提案しました。建設を推したのは大統領サルミエントで、1875年11月11日、後任のアベジャネーダ大統領のもとで正式に開園しています。敗れた支配者の屋敷跡を、市民のための森に変えたわけです。屋敷の主については アルゼンチンの歴史 の独立と内戦の節に書きました。

カルロス・タイス植物園 (Jardín Botánico Carlos Thays)

同じパレルモ地区にある植物園は、1898年9月7日に開園しました。名前の主カルロス・タイス (Carlos Thays) は1849年にパリで生まれた造園家で、1891年にブエノスアイレス市の公園と遊歩道の責任者になり、1913年末まで務めました。パレルモの森の拡張のほか、セントナリオ公園やレサマ公園、五月広場や議会広場など、市内の多くの公園と広場の形はこの人の手によるものです。

園内は約7ヘクタールで、ローマ式、フランス式、東洋式の庭と温室が並びます。中に建つ英国風の館は、タイスが家族と暮らしながら園を作った住まいでした。

スペイン人記念碑 (Monumento a los Españoles)

リベルタドール大通り (Avenida del Libertador) とサルミエント大通り (Avenida Sarmiento) が交わるロータリーに立つ白い塔が、通称スペイン人記念碑です。正式には「憲法と4つの地方の記念碑」といい、1810年の五月革命の100周年を祝って、この街に住むスペイン人の団体が贈りました。

設計はカタルーニャの彫刻家アグスティン・ケロル (Agustín Querol) ですが、ケロルは1909年に亡くなり、引き継いだ彫刻家も完成を見ずに世を去ります。1916年には完成した彫刻を積んだ客船プリンシペ・デ・アストゥリアス号が沈むという事故も重なり、1910年の定礎から17年後の1927年にようやく除幕されました。高さは約24.5メートル、大理石とブロンズで、アンデス、ラ・プラタ川、パンパ、チャコという4つの地方の像が台座を囲んでいます。

旧動物園はエコパルケ (Ecoparque) に

記念碑の向かいにあった市立動物園は、2016年に動物園としての役目を終えました。市の法律 (Ley 5.752) によって、檻で動物を見せる場所から、保護と環境教育のための「エコパルケ」へ段階的に作り替えることが決まったためです。

市の広報誌 (2025年5月) によれば、約17ヘクタールの園内には在来の植物が植えられ、放し飼いの動物が歩いています。キリン、バイソン、ラクダ、カバなど、旧動物園から残った外国の動物もいます。

ベルグラーノの中華街とエル・モヌメンタル

パレルモの北隣のベルグラーノ地区には、中華街 (Barrio Chino) があります。アリベーニョス通り (Arribeños) を軸に、メンドサ通り、フラメント通り、モンタニェセス通りに囲まれた数ブロックで、市の観光局によれば1980年代に台湾からの移民の拠点として形になりました。食材店と食堂のほか、中国系の協会や仏教寺院もあり、近年は通りの外へ店が広がっています。

同じベルグラーノ地区には、リーベル・プレートの本拠地エル・モヌメンタル (Estadio Monumental) があります。1938年5月26日に開場し、1978年のワールドカップではアルゼンチンがオランダを3対1で破って初優勝した決勝の舞台になりました。収容数は改修後の85,018人で、南米で最も大きなスタジアムです。2026年1月には、屋根をかけて約10万1,000人に広げる計画が発表されています。サッカーの見方は アルゼンチン代表とサッカー にまとめました。

オベリスコの足もとを歩くオベリスコ周辺 2022 ・ 撮影 大長志野アーカイブで見る

3日間の観光モデルコース

1日目: 歴史の中心とタンゴの夜

午前は五月広場と大統領府 (カサ・ロサダ) から。カテドラルにはサン・マルティン将軍の霊廟があります。午後はオベリスコと世界で最も美しい書店の一つエル・アテネオへ。夜はタンゲリーアでディナーショー。送迎付きを選べば治安の不安なく夜を楽しめます。

2日目: サン・テルモとラ・ボカ

日曜ならサン・テルモのフェリア (蚤の市) が最優先です。骨董と路上タンゴの街歩きを楽しみ、午後はタクシーでカミニートへ。カラフルな家並みは観光区画の中だけを歩きます。夜はパリージャ (ステーキハウス) でアサードを。

3日目: パレルモとレコレタ

午前はレコレタ墓地 (エビータの墓) と書店巡り。午後はパレルモの公園と日本庭園、夕方はカフェでメディアルナを。夜はミロンガを覗くか、2度目のパリージャへ。

日数に余裕があれば、4日目に近郊の聖地ルハンかティグレのデルタ、あるいは国内線でイグアスの滝へ。

駅の標識。BELGRANO C の駅名と、Línea Mitre、Retiro と Tigre の方向表示
ティグレへは近郊電車のミトレ線で行きます。標識に終点のレティーロとティグレが並んで書かれています

この街は胃袋で回っている

中心にあるのはアサードです。牛肉の文化としては世界の頂点にあり、注文の仕方から覚える価値があります。ステーキハウス完全ガイド と 部位のスペイン語 で準備してください。

そのすぐ隣に、イタリア移民が残したピザとジェラートがあります。どちらも本国と張り合える水準です。ピザ5選 と ジェラート10選 に店を挙げました。

朝はカフェ・コン・レチェとメディアルナ。これがこの街の合言葉です。カフェ10選 から選んでください。街角ではエンパナーダとチョリパンが日常の食事になります (エンパナーダの店11選、チョリパン)。

そして公園で回し飲みされているのがマテ茶です。観光の対象というより、ここでは生活の風景そのものです (マテ茶完全ガイド)。

この街が世界に贈ったもの、タンゴ

資料館のサロンで踊るカップル
国立タンゴ学院のサロンでのミロンガ。観光のショーとは別に、こうした場が日常にあります (現地スタッフ撮影)

タンゴはこの街の港で生まれました。観るなら タンゲリーア8選、知るなら タンゴとは何か、聴くなら 名盤ライブラリー、踊るなら ミロンガの作法。歌詞の言葉は ルンファルド辞書 で引けます。

どこに泊まるか

この街は地区で性格がはっきり分かれます。宿は場所選びがほぼすべてです。

レコレタは、最も安心して歩ける地区です。街路樹の並ぶ広い通りに、19世紀末から20世紀初頭の建物が残ります。夜も人通りがあり、初めての滞在ならここが無難です。値段は高めです。

パレルモは、若い人が集まる地区です。飲食店とバーが密集し、深夜まで開いています。パレルモ・ソーホーとパレルモ・ハリウッドに分かれ、前者が店、後者が住宅寄りです。歩いて食事に出たいならここになります。

サンテルモは、石畳と骨董の地区です。日曜のフェリアと、古いミロンガがあります。雰囲気は最も濃いのですが、夜の人通りが急に減る通りがあります。宿を取るなら大通りに面した側を選んでください。

ミクロセントロは、官公庁と会社の集まる中心部です。平日の昼は人で埋まりますが、夜と週末は無人になります。安く泊まれますが、滞在の場所としては勧めません。

プエルトマデロは、再開発された水辺の地区です。新しく、安全で、値段も高い。ただし街の生活からは離れています。

AGODA COMPANY PTE. LTD.
アゴダ (agoda・海外ホテル予約)
★★★★☆ 4.5 筆者の評価
製品のポイント

海外の宿を日本語で予約できるサイトです。ブエノスアイレスは地区で性格が大きく変わるため、地図から地区を指定して絞り込めるのが向いています。ホテルのほかアパートメントや民泊も扱いがあり、1週間以上の滞在では選択肢が広がります。予約は即時確定で、24時間の日本語サポートがあります。

地図から地区を指定して絞り込めます。上に挙げた地区の名前で探すと、同じ値段でも立地の差がはっきり見えます。

アパートメントという選択肢

ブエノスアイレスでは、短期の賃貸アパート (departamento temporario) が広く使われています。

台所と洗濯機が付いていて、1週間以上の滞在ならホテルより安くなることが多いです。この街は外食の頻度が高い一方、朝食を自分で作れるだけで支出が変わります。長期の滞在者や家族連れは、たいていこの形を取っています。

注意点がひとつあります。物件によっては、支払いを現金のドルで求められることがあります。事情はアルゼンチンペソのブルーレートに書いたとおりで、この国では現金の持つ意味が違います。予約前に支払い方法を確認してください。

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アパートメントや民泊の扱いもあります。1週間以上の滞在なら、台所と洗濯機の有無で絞り込んでみてください。

予約するときに見ること

エレベーターの有無を確認します。古い建物は5階でも階段だけということがあります。スーツケースを持って上がることになります。

窓が中庭に面しているかも見てください。大通りに面した部屋は、夜まで車の音が入ります。この街の交通量は日本の感覚を超えます。

そして、湯の出方です。古い建物はガス湯沸かし器が個別に付いており、水圧が落ちると止まることがあります。口コミでこの点に触れているかを見ると、建物の状態がわかります。

滞在中の移動はタクシーとアプリ配車と地下鉄で足ります。空港からの行き方はエセイサ国際空港から市内への行き方にまとめました。

移動はアプリ配車と地下鉄と徒歩で足りる

スブテの改札。SUBE と表示された読み取り機付きの回転ゲートが並ぶ
地下鉄の改札。現金では乗れず、SUBEカードにタッチして通ります (現地スタッフ撮影)

夜のコレクティーボは、慣れないうちは避けたほうが無難です。前面の行き先表示で系統と方向を確かめてから乗ります。

夜のブエノスアイレス市街に停車する106系統のコレクティーボ
深夜のバス停に来た106系統。前面の「RETIRO / LINIERS」が行き先です (現地スタッフ撮影)
ドレゴ広場の骨董の市ドレゴ広場 2022 ・ 撮影 大長志野アーカイブで見る

日曜はフェリアの日

この街の日曜は、平日とまったく違う顔になります。サンテルモのプラサ・ドレーゴを軸に、デフェンサ通り沿いへ1.5kmにわたって露店が続きます。骨董、古いマテ壺、レコード、革小物。値段の交渉も文化の一部です。

フェリアの露店に吊るされた編み込みの革製品
露店に吊るされた編み込みの革製品。こうした手仕事の品が並びます (現地スタッフ撮影)

もうひとつ、市の外れのマタデーロスでは、ガウチョ文化の日曜市が開かれます。屋台の炭火アサードとフォルクローレの生演奏があり、観光客より地元の家族連れが多い場所です。詳しくは フェリア厳選8選 にまとめました。

ブルーレートという、もう一つの為替

この街の物価は、公式レートと実勢レート (ブルーレート) のどちらで替えるかで別世界になります。仕組みを理解してから両替してください。今日のレートは毎日更新しています。

大型スーパーの店内。天井まで積まれた棚と、値札が並ぶ通路

値札はペソで書かれています。どちらのレートで替えたかによって、同じ棚が高くも安くも見えます。滞在が長いほど、この差は効いてきます。

夜の大通りに面したスーパーマーケット。看板が明るく灯っている

大手のスーパーは夜遅くまで開いています。到着した日の食料は、ここで揃います。

今日のブルーレートを見る毎日自動更新・公式との差・換算ツール付き

チャカブコ公園の並木道チャカブコ公園 2023 ・ 撮影 大長志野アーカイブで見る

子ども連れのブエノスアイレス

ブエノスアイレスは公園の街でもあります。街区ごとに広場 (プラサ) があり、大型の遊具を備えた遊び場が珍しくありません。木の板を組み上げた巨大な恐竜のジャングルジムのような、日本ではまず見ない規模の遊具に出会えます。

ブエノスアイレスの公園にある巨大な恐竜の遊具。子どもたちが中に登って遊べる
公園の恐竜遊具。胴体の中がよじ登れる構造になっています (現地スタッフ撮影)

週末の広場は家族連れでにぎわいます。ベンチとカフェが遊び場のすぐそばにあるので、子ども連れの旅でも街歩きの合間に休める場所には困りません。

ブエノスアイレスとはどういう意味ですか

スペイン語で「良い空気」という意味です。入植時代の船乗りが崇めた「順風の聖母 (ブエン・アイレの聖母)」に由来し、それが街の名前になりました。

ブエノスアイレス観光は何日あれば足りますか

主要な見どころは3日で回れます。日曜のフェリアに合わせて日程を組み、タンゴショーの夜を1晩入れるのがおすすめです。近郊やイグアスの滝まで含めるなら5日以上を確保してください。

ブエノスアイレスの治安は大丈夫ですか

エリアと行動を選べば安全に観光できます。北側 (パレルモ、レコレタ) は比較的安全、ラ・ボカは観光区画のみ、レティーロ駅周辺は避ける、夜はアプリ配車、が基本です。当サイトの治安完全ガイドに地図があります。

ブエノスアイレスの物価は安いですか

実勢レート (ブルーレート) で両替すれば、食事は日本より手頃に感じる場面が多くなります。ただしインフレで価格は常に動くため、当サイトの毎日更新レートページで出発前に感覚をつかんでください。

ブエノスアイレスのベストシーズンはいつですか

春 (10〜11月) と秋 (3〜4月) です。夏 (12〜2月) は30度を超える日が続き、冬 (6〜8月) は0〜15度程度で観光は可能です。季節は日本の逆と覚えてください。

夜のオベリスコの足もとオベリスコ 2023 ・ 撮影 大長志野アーカイブで見る

ブエノスアイレスを歩く

石畳の交差点。大きな街路樹の下に黄色い壁画の角の店があり、歩道に白い椅子とテーブルが並ぶ
住宅地の角の店。石畳の道、枝を広げた街路樹、歩道に出した白い椅子。観光名所から離れたふつうの交差点に、こうした店がひとつずつあります。地図を持たずに一本裏へ入ると、この街の本来の顔に出会えます (現地スタッフ撮影)
プラタナスの並木の下の花屋の屋台。黒い屋根の下に電球が下がり、花束と鉢植えが歩道いっぱいに並ぶ
歩道の花屋の屋台。プラタナスの木の下に黒い屋根を張り、電球を下げ、花束と鉢植えを歩道いっぱいに並べます。市の許可票を掲げた屋台で、住宅街の角に一つずつあります。夕方に花を一束買って帰る人を見かけるのが、この街の日常です (現地スタッフ撮影)

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路面電車が角を曲がってくるカバジート 歴史的路面電車 2024 ・ 撮影 大長志野アーカイブで見る

路面電車が走っていたころ

この街にはかつて、世界有数の路面電車網がありました。20世紀の前半、ブエノスアイレスは総延長で世界の上位に入る規模の軌道を持ち、移民が増え続ける街を運んでいました。1960年代にほぼ全廃され、いまはその大半が地下鉄とコレクティーボに置き換わっています。

痕跡は残っています。カバジート地区では保存された旧型車両が休日に走り、往時の車内をそのまま体験できます。地下鉄A線の古い木製車両も、同じ時代の空気を残していました。街の道路に埋まったままの軌道を見つけることもあります。

現在の移動手段は 地下鉄 と コレクティーボ、それに アプリ配車 です。路面電車は、この街がどう作られたかを知るための手がかりとして残っています。

次のバスまで何分か調べる停留所6,962か所。押すと到着予定。路線番号を知らなくても乗れます

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