ラ・クンパルシータとは|ウルグアイ生まれの世界的タンゴ

目次
ラ・クンパルシータとは|意味・作曲者・歌詞・決定盤
ラ・クンパルシータ (La cumparsita) は、世界で最も有名なタンゴです。ミロンガの最後には必ずこの曲がかかり、この曲が終わればその夜の踊りはおしまい。100年以上たった今も、タンゴという文化全体の合図として生きています。
日本でも、音楽の授業の鑑賞・合奏教材として、またテレビや舞台のタンゴの場面の定番として、旋律を知らない人がいないほどの曲です。この記事では、その正体を一本で解説します。
ラ・クンパルシータの意味
クンパルシータは、スペイン語のコンパルサ (comparsa = カーニバルの仮装行列) に、小さいものを表す語尾がついた言葉です。つまり「小さな仮装行列」。もともとは学生たちが謝肉祭で練り歩くための行進曲として書かれたため、この名前がつきました。
冒頭の誰もが知るあの旋律は、行進のリズムから生まれています。タンゴとして完成した今も、どこか行列の足音のような推進力が残っているのはそのためです。
作曲者は17歳のウルグアイの学生だった
作曲者はヘラルド・マトス・ロドリゲス (1897-1948)。ウルグアイの首都モンテビデオの学生で、1916年ごろ、まだ10代でこの曲を書きました。楽譜はモンテビデオのカフェ「ラ・ヒラルダ」で、当時人気の楽団を率いていたロベルト・フィルポに手渡され、そこで初めて演奏されたと伝えられています。
つまり世界一有名なタンゴは、アルゼンチンではなくウルグアイ生まれです。タンゴがブエノスアイレスとモンテビデオという双子の港町の文化であることを、この曲自体が証明しています。ウルグアイでは後に、この曲を国の文化的な国歌と定める法律まで作られました。タンゴの発祥を巡る両国の物語は タンゴとは何か で詳しく解説しています。
後付けされた歌詞と「シ・スピエラス」
原曲は器楽曲でしたが、1924年にパスクアル・コントゥルシとエンリケ・マローニが「シ・スピエラス (Si supieras = 君が知ってくれたなら)」という歌詞をつけ、歌としても大ヒットしました。去っていった恋人を思う、タンゴらしい未練の歌です。
ただしこの歌詞は作曲者に無断でつけられたため、権利を巡る争いが長く続きました。今日でも、器楽で演奏される「ラ・クンパルシータ」と、歌われる「シ・スピエラス」という2つの顔を持っています。
決定盤はダリエンソの1951年録音
無数の録音の中で決定盤とされるのが、リズムの王様 ファン・ダリエンソ の楽団による録音、とりわけ1951年の録音です。行進曲として生まれたこの曲の推進力を極限まで研ぎ澄ました演奏で、タンゴ全史を代表する一枚に数えられています。
聴き比べるなら、次の3種類が入口です。
- ダリエンソ楽団 (1951年)はリズムの極致。ミロンガで最後にかかるのはこの系統です
- ロベルト・フィルポは初演者の系譜を伝える、行進曲の面影が残る演奏
- ピアソラは伝統の象徴であるこの曲を、あえて解体して見せた異端の演奏
ミロンガでは最後にかかる曲
ブエノスアイレスのミロンガに通うと、この曲の特別な扱いに気づきます。
その日の最後の1曲が、たいていラ・クンパルシータです。これがかかったら終わり、という合図として機能していて、常連はイントロが鳴った瞬間に「ああ、もう終わりか」という顔をします。踊る側にとっては、その夜いちばん一緒に踊りたい相手を誘う曲でもあります。
観光向けのショーでも、締めはほぼこの曲です。100年前にウルグアイの学生が書いた行進曲が、いまも毎晩どこかで一日の終わりを告げている。この曲がタンゴの代名詞になった理由は、有名だからというより、この習慣のほうにあります。
ミロンガの作法そのものは ミロンガ会場での暗黙の5つのルール にまとめました。

ウルグアイとアルゼンチンのどちらの曲か
この曲は長く、両国のあいだで扱いが揺れてきました。
作曲したヘラルド・マトス・ロドリゲスはウルグアイの人で、モンテビデオで書かれています。ウルグアイは2,000年代に、この曲を国の文化遺産として位置づけました。一方、世界に広めたのはブエノスアイレスの楽団で、録音も演奏の蓄積もアルゼンチン側に厚くあります。
タンゴという音楽そのものが、ラプラタ川をはさんだ両岸で同時に育ちました。どちらの国のものかという問いには、両方だと答えるのが正確です。ウルグアイ側の事情は ウルグアイはどんな国か完全ガイド と モンテビデオ観光完全ガイド に書いています。
日本の音楽の授業に出てくる理由
日本では小学校の音楽で、鑑賞や合奏の教材としてラ・クンパルシータが広く使われています。はっきりした2拍子のリズム、覚えやすい短調の旋律、木琴や鍵盤ハーモニカでも成立する構造と、教材としての条件がそろっているためです。授業でこの曲に出会った人が、大人になってタンゴの入口に戻ってくることも珍しくありません。
よくある質問
ラ・クンパルシータとはどういう意味ですか
スペイン語で「小さな仮装行列」という意味です。カーニバルの行進を意味するコンパルサに、小ささを表す語尾がついた言葉で、もともと学生の謝肉祭のための行進曲として書かれたことに由来します。
ラ・クンパルシータの作曲者は誰ですか
ウルグアイのヘラルド・マトス・ロドリゲスです。1916年ごろ、モンテビデオの学生だった10代のときに書き、ロベルト・フィルポの楽団が初演しました。
ラ・クンパルシータに歌詞はありますか
あります。1924年にコントゥルシとマローニがつけた「シ・スピエラス」が有名で、去った恋人への未練を歌っています。ただし作曲者に無断でつけられたため、長い権利争いになりました。
ラ・クンパルシータの有名な演奏はどれですか
ファン・ダリエンソ楽団の1951年録音が決定盤とされています。ミロンガの最後にかかる「タンゴの終わりの合図」としても、この系統の演奏が使われます。
なぜミロンガの最後はラ・クンパルシータなのですか
ブエノスアイレスの踊りの場ミロンガでは、この曲を最後にかけて閉会の合図とする習慣が定着しているためです。この曲が始まると、その夜最後のタンダ (踊りのひとまとまり) だと誰もが分かります。