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イースター島|モアイの謎と、行き方と日数

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イースター島|モアイの謎と、行き方と日数
目次
  1. イースター島完全ガイド: モアイの島への旅
  2. モアイについて分かっていること
  3. 島をどう回るか
  4. 行き方と必要日数
  5. 倒れたモアイを起こしたのは、日本のクレーンだった
  6. 泊まる・食べる
  7. モアイに会いに行く
  8. よくある質問
  9. 関連記事

イースター島完全ガイド: モアイの島への旅

イースター島は、南太平洋に浮かぶチリ領の孤島です。最も近い有人島まで約2,000km、大陸まで約3,700km。「世界で最も孤立した有人島」のひとつであり、その草原に約900体の石像モアイが立ち、あるいは倒れ、あるいは作りかけのまま眠っています。

先住民の言葉での島の名はラパ・ヌイ。この記事では、モアイの謎の現在地、行き方と日数、見どころの回り方、そして意外に知られていない日本との縁までをまとめます。

モアイについて分かっていること

モアイは、島のポリネシア系先住民ラパ・ヌイの人々が、およそ13世紀から16世紀にかけて作った石像です。長年「謎の石像」と言われてきましたが、考古学が明らかにしてきた輪郭ははっきりしています。

作ったのはラパ・ヌイの人々です。宇宙人説や失われた大陸説に根拠はありません。

目的は祖先の霊を祀ることでした。モアイは亡くなった首長や偉人の姿で、海を背にして集落を見守る向きに立てられています。目が入って初めて霊力が宿るとされました。海の彼方を見つめているように見えて、実際は逆を向いているわけです。

作り方も分かっています。島の火山ラノ・ララクの凝灰岩を石器で彫り出し、数十トンの像を数kmから十数km運びました。ロープで左右に揺らして歩かせたとする説が有力で、実験でも再現されています。

そして、いま立っているモアイのほぼすべては、後世に立て直されたものです。17世紀から18世紀にかけて、資源が枯れ、社会が行き詰まるなかで氏族どうしの争いが起き、敵の像を倒し合いました。倒れた姿こそが、この島が経験したことの記録でした。

森林の消失が文明崩壊を招いたとする「教訓の島」の物語が有名ですが、近年はネズミによる森林破壊説や、社会は崩壊せず持続していたとする反論もあり、研究は今も動いています。断定を避けて見るほうが、この島は面白くなります。

島をどう回るか

島は淡路島の3分の1ほどの大きさで、レンタカーかツアーで1周できます。

外せないのはアフ・トンガリキです。15体のモアイが一列に並ぶ島最大の祭壇で、像の背後から朝日が昇る夜明けが、この島の頂点だとされています。

ラノ・ララクは、モアイを作っていた火山そのものです。彫りかけのまま岩盤に眠る巨人と、運ばれるのを待ったまま斜面に立ち続けている無数の像。何が起きたのかを、いちばん雄弁に語る場所です。

アナケナ海岸は、白い砂とヤシの浜にモアイが立つ場所で、伝説の初代王が上陸したとされる聖地です。

オロンゴ儀礼村は、モアイ信仰が終わったあとにこの島が生み出した鳥人儀礼の舞台でした。断崖の上に石の家が並び、渡り鳥の卵を奪い合った岩礁を見下ろせます。

ラノ・カウ火口湖は、直径1.6kmの火口に湿原が広がる、島のもうひとつの絶景です。

観光にはラパ・ヌイ国立公園の入場券が必要で、主要遺跡は入場券の提示を求められます。遺跡保護のため、モアイと祭壇には立ち入り禁止線があります。

行き方と必要日数

行く道は事実上ひとつしかありません。チリの首都サンティアゴから飛行機で約5時間半。世界でもっとも孤立した空港のひとつへ、ほぼ一日一便が飛んでいます。

日本からは、まずサンティアゴまでが長旅です。北米経由でおよそ30時間、そこからさらに5時間半。地球上で日本からもっとも遠い部類の観光地だと言って差し支えありません。

島には最低でも2泊3日、できれば3泊とってください。トンガリキの朝日、ラノ・ララク、オロンゴを別々の日に置いておくと、天候が崩れたときの保険になります。一日にまとめると、曇った日にすべてを失います。

時期は南半球の夏、12月から3月が日照も海も最良です。2月には島最大の祭タパティ・ラパ・ヌイがあり、そのぶん宿がもっとも混みます。冬にあたる6月から8月も気温は穏やかで、人の少ない遺跡を歩けます。

サンティアゴを含む チリ側の回り方 と組み合わせるのが定石で、アタカマ砂漠 と並ぶ「チリの二大遠征」です。

倒れたモアイを起こしたのは、日本のクレーンだった

トンガリキの15体は、1960年のチリ地震の津波で祭壇ごとなぎ倒されました。これを1990年代に立て直す修復事業を支えたのが、日本のクレーン会社です。クレーンの無償提供と技術者の派遣により、数十トンのモアイが約30年ぶりに立ち上がりました。トンガリキの祭壇の脇には、この事業を記念するプレートが残っています。

また、津波で被災した宮城県南三陸町には、チリから友好の証としてモアイ像が贈られています。絶海の孤島と日本は、災害と復興の物語で結ばれています。

泊まる・食べる

宿と店は島唯一の町ハンガ・ロアに集まっています。孤島ゆえに物価はチリ本土より高く、予約は必須です。名物はマグロやロブスターなど太平洋の海の幸で、ポリネシアとチリの食文化が混ざった料理が楽しめます。通貨はチリ・ペソ、言語はスペイン語とラパ・ヌイ語です。

モアイに会いに行く

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よくある質問

イースター島はどこの国ですか

チリ領です。南太平洋に浮かぶ孤島で、チリ本土から約3,700km離れています。先住民の言葉ではラパ・ヌイと呼ばれます。

モアイ像は誰が何のために作ったのですか

島のポリネシア系先住民ラパ・ヌイの人々が、13〜16世紀頃に祖先の霊を祀るために作りました。死んだ首長らの姿を彫り、集落を見守る向きに立てたもので、約900体が確認されています。

イースター島への行き方を教えてください

チリの首都サンティアゴから飛行機で約5時間半です。日本からはサンティアゴまで北米経由で約30時間かかり、合計では世界で最も遠い部類の旅になります。

イースター島は何日必要ですか

最低2泊3日、できれば3泊が目安です。アフ・トンガリキの朝日、モアイの採石場ラノ・ララク、オロンゴ儀礼村を別の日に配分すると天候の保険になります。

モアイはなぜ倒されていたのですか

17〜18世紀の氏族間の争いで、敵対する氏族が互いのモアイを倒し合ったためです。現在立っている像はほぼすべて後世の修復で、15体が並ぶトンガリキは日本のクレーン会社の支援で1990年代に立て直されました。

ベストシーズンはいつですか

12〜3月の南半球の夏です。2月は島最大の祭タパティ・ラパ・ヌイで最も賑わいます。冬も温和で、人の少ない島を歩きたいならむしろ好機です。

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