歴史と文化

アルゼンチンの先住民の歴史|マプチェ族・ヤーガン族・キルメス族と砂漠の征服

目次
  1. 地域ごとの主な先住民
  2. 北西部: インカ帝国の南の果て
  3. 南部: 騎馬民と海の民
  4. 征服の歴史: 二段階で失われた大地
  5. 現在の先住民
  6. よくある質問

アルゼンチンの先住民の歴史

アルゼンチンは「ヨーロッパ移民の国」と語られることが多い国ですが、その大地には1万年以上前から人が暮らしてきました。アンデスの段々畑を築いた民、パンパを馬で駆けた民、世界の果ての海で焚き火とともに生きた民。この記事では、アルゼンチンの主な先住民と、征服の歴史、そして現在を解説します。

地域ごとの主な先住民

アルゼンチンの先住民は、住んでいた環境ごとに全く違う文化を持っていました。

地域民族特徴
北西部アンデスディアギータ族、キルメス族段々畑の農耕と石造りの集落。インカ帝国の影響下に入りました
北東部グアラニー族森の焼畑農耕民。マテ茶の文化の源流です
パンパ・北パタゴニアマプチェ族、テウェルチェ族騎馬の狩猟民。最後まで征服に抵抗しました
フエゴ島ヤーガン族、セルクナム族極寒の海と森の狩猟採集民。カヌーと焚き火の民です

北西部: インカ帝国の南の果て

アルゼンチン北西部は、南米で最も古い農耕文化圏のひとつです。15世紀にはインカ帝国が版図を広げ、現在のアルゼンチン北西部はインカの南端になりました。インカ道 (カパック・ニャン) はアルゼンチン国内にも残り、世界遺産に登録されています。インカ帝国の全体像は インカ帝国の歴史 で解説しています。

キルメス族は、スペインの征服に130年にわたって抵抗した民として知られます。1667年に敗れた後、生き残った人々は1,200km離れたブエノスアイレス近郊まで徒歩で強制移住させられました。その移住先の地名が、現在のキルメス市です。アルゼンチンで最も有名なビールの銘柄がこの街の名を冠しているため、名前だけは誰もが知る民族になりました。トゥクマン州には要塞都市の遺跡が残り、見学できます。

南部: 騎馬民と海の民

パンパと北パタゴニアでは、スペイン人が持ち込んだ馬を先住民が取り入れ、17世紀以降、マプチェ族とテウェルチェ族は強力な騎馬民になりました。ボレアドーラスで動物を捕らえる技術は、のちに ガウチョ にも受け継がれています。

最南端のフエゴ島には、ヤーガン族とセルクナム族が暮らしていました。ヤーガン族は氷の海をカヌーで移動し、常に火を絶やさない暮らしをしていました。ダーウィンが航海記に記録した「ティエラ・デル・フエゴ (火の大地)」という地名は、彼らの焚き火に由来します。ヤーガン族については、最後の純血の話者の死去を扱った ヤーガン語の記事 で詳しく書いています。

征服の歴史: 二段階で失われた大地

アルゼンチン先住民の土地は、二つの波で失われました。

第一の波は、16世紀からのスペインによる征服です。北西部の農耕民は植民地体制に組み込まれ、疫病と強制労働で人口が激減しました。この時代の記録は クロニカ (征服の記録) で扱っています。ただしパンパ以南は、独立後の19世紀半ばまで先住民の支配する土地のままでした。

第二の波が、1878年から1885年にかけてアルゼンチン政府が行った軍事作戦「砂漠の征服 (Conquista del Desierto)」です。ロカ将軍率いる軍がパンパとパタゴニアを制圧し、マプチェ族とテウェルチェ族の社会は解体されました。獲得された広大な土地は少数の大地主に分配され、直後のヨーロッパ移民の大量受け入れと合わせて、今日の「白い国」のイメージが作られていきます。「砂漠」と呼ばれた土地は、実際には無人ではありませんでした。

フエゴ島では、19世紀末からの牧羊業の進出と持ち込まれた感染症により、セルクナム族とヤーガン族の人口が壊滅的に失われました。

現在の先住民

2022年の国勢調査では、約130万人が先住民の子孫であると自己申告しています。これは総人口の約3%にあたります。最大のグループはマプチェ族で、北西部のコジャ族、ディアギータ族、北部のウィチ族、グアラニー族などが続きます。

パタゴニアではマプチェ族による土地の返還要求が続いており、現代アルゼンチンの政治問題のひとつになっています。一方で、先住民の言葉は地名として国土全体に生き続けています。そもそも隣国チリやパラグアイの国名も先住民の言葉に由来し、アルゼンチンの地名にもナウエル・ウアピ (マプチェ語で「ジャガーの島」) のような例が無数にあります。

先住民の時代から現在までの流れは、アルゼンチンの歴史 で通史として読めます。

よくある質問

アルゼンチンの先住民にはどんな民族がいますか

北西部アンデスのディアギータ族やキルメス族、北東部のグアラニー族、パンパとパタゴニアのマプチェ族とテウェルチェ族、フエゴ島のヤーガン族とセルクナム族などです。環境ごとに農耕民、騎馬民、海の民と全く違う文化を持っていました。

アルゼンチンに先住民は今もいますか

います。2022年の国勢調査では約130万人、総人口の約3%が先住民の子孫と自己申告しています。最大のグループはマプチェ族です。

砂漠の征服とは何ですか

1878年から1885年にかけてアルゼンチン政府がパンパとパタゴニアの先住民を軍事制圧した作戦です。マプチェ族などの社会が解体され、土地は大地主に分配されました。「砂漠」と呼ばれた土地には実際には人が住んでいました。

マプチェ族とはどんな民族ですか

チリ中南部からアルゼンチン側パタゴニアに広がる先住民で、スペインにも独立後の両国にも長く抵抗した騎馬の民です。現在もアルゼンチン最大の先住民グループで、土地の返還を求める運動が続いています。

ヤーガン族とはどんな民族ですか

フエゴ島の水路をカヌーで移動して暮らした海の民です。極寒の環境で常に焚き火を絶やさず、その火が「ティエラ・デル・フエゴ (火の大地)」の地名の由来になりました。2022年に最後の純血の母語話者が亡くなっています。

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