パラグアイとはどんな国|グアラニー語とマテ茶の原産地
南米の地図の真ん中あたり、海に面していない国がふたつあります。ボリビアと、パラグアイです。
この国は、南米のなかでも際立って変わった特徴を持っています。先住民の言葉が、国民の大半に日常的に話されている。南米でここだけです。そして、いま世界中で飲まれているマテ茶は、この土地の植物と、この土地の人々の習慣から始まりました。
アルゼンチンから見ると、隣国であり、移民の送り出し元であり、かつて戦った相手でもあります。ここでは、その関わりも含めてまとめます。
基本の数字
| 項目 | |
|---|---|
| 正式名称 | パラグアイ共和国 (República del Paraguay) |
| 首都 | アスンシオン |
| 面積 | 約40.7万平方キロメートル (日本より少し広い) |
| 人口 | 約670万人 |
| 公用語 | スペイン語、グアラニー語 |
| 通貨 | グアラニー (PYG) |
| 時差 | 日本より12時間または13時間遅い |
| 独立 | 1811年5月14日 |
内陸国です。海がなく、パラグアイ川とパラナ川が国の動脈になっています。これらの川はラプラタ川へ流れ込み、最終的にブエノスアイレスとモンテビデオの間の河口に出ます。この水路が、この国とアルゼンチンを結んできました。
国土はパラグアイ川で東西に分かれます。東側に人口のほぼ全てが集中し、西側のグラン・チャコと呼ばれる乾いた低木地帯には、ほとんど人が住んでいません。
グアラニー語が生きている国
パラグアイの最大の特徴は、言語です。
人口のおよそ8割がグアラニー語を話します。都市部でも、政府でも、テレビでも使われます。スペイン語と並ぶ公用語で、これは制度上の建前ではなく、実態としてそうなっています。南米で先住民の言語がここまで残っている国は、ほかにありません。
なぜここだけ残ったのか。植民地時代、イエズス会がこの地で先住民を集めた共同体 (レドゥクシオン) を作り、そこでグアラニー語を教育と布教の言語として使ったことが大きいとされます。文字を持たなかった言語に、宣教師が正書法を与えました。征服の道具として使われた言語が、結果として保存されたという、ねじれた経緯です。
日常では、スペイン語とグアラニー語が混ざったジョパラ (jopara) という話し方が普通です。文の骨格がグアラニー語で、語彙にスペイン語が入る、あるいはその逆という形で、話者は無意識に行き来します。
南米の言語の全体像は南米の言語一覧にまとめています。
マテ茶はここから始まりました
いまアルゼンチンとウルグアイの国民的な飲み物になっているマテ茶は、パラグアイが原産です。
イエルバ・マテ (Ilex paraguariensis) という植物の学名に、そのまま国名が入っています。自生していたのはパラグアイ、ブラジル南部、アルゼンチン北東部にまたがる一帯で、これを飲む習慣を持っていたのがグアラニーの人々でした。
スペイン人が来る前から、彼らはこの葉を湯に浸して飲んでいました。ひょうたんの器と、濾すための道具。いま使われているマテ壺とボンビージャの原型が、そこにあります。
植民地時代、イエズス会がこれを商品作物として栽培し、河を通じて南へ運びました。ブエノスアイレスとモンテビデオに届き、そこで定着します。つまり現在のマテ茶の広がりは、パラグアイの植物と習慣が、川を下って河口の街に根を張った結果です。
パラグアイでは、熱い湯ではなく冷水で飲むのが主流です。これをテレレ (tereré) といいます。暑い国なので、氷とハーブを入れた冷たいマテを、日中ずっと回し飲みします。同じ植物から、暑い国では冷たい飲み方が、寒い南では熱い飲み方が育ちました。
飲み方と道具はマテ茶の効能と飲み方にまとめています。
アルゼンチンとの関わり
三つの層で結びついています。
ひとつめは戦争です。1864年から1870年まで、パラグアイはアルゼンチン、ブラジル、ウルグアイの三国と戦いました。三国同盟戦争、パラグアイ側の呼び方では大戦争 (Guerra Grande) といいます。
この戦争でパラグアイは壊滅的な損害を受けました。人口の半分以上を失ったとされ、成人男性に限れば9割近くが死んだという推計もあります。数字には幅がありますが、近代の戦争で一国の人口構成がここまで変わった例は他にありません。国土も大きく削られ、その一部が現在のアルゼンチン北東部になっています。
ふたつめは移民です。現在、アルゼンチンに住む外国出身者のうち、パラグアイ出身者が最も多い集団です。ブエノスアイレスの建設現場や家事労働の担い手として、長く人が動いてきました。首都圏の暮らしのなかにグアラニー語が聞こえるのは、このためです。
みっつめは川です。パラナ川はパラグアイとアルゼンチンの国境を流れ、両国の境にイタイプ・ダムとヤシレタ・ダムがあります。ヤシレタはアルゼンチンとの共同事業です。パラグアイは電力を輸出しており、自国で使う量よりはるかに多くを作っています。
世界遺産と見どころ
登録されている世界遺産は、ラ・サンティシマ・トリニダー・デ・パラナとヘスース・デ・タバランゲのイエズス会伝道所跡です。
先ほど触れたレドゥクシオンの遺構で、17世紀から18世紀にかけて作られました。赤い砂岩の教会跡と、先住民の職人が彫った装飾が残っています。グアラニーの意匠とヨーロッパの様式が混ざった彫刻は、他では見られないものです。
首都アスンシオンは、南米で最も古いスペイン人の入植地のひとつです。1537年の建設で、ここから南へ人が送られてブエノスアイレスが再建されました。時系列としては、アスンシオンが先にあります。
イグアスの滝は、アルゼンチンとブラジルの国境にありますが、パラグアイのシウダー・デル・エステから車で行ける距離です。三国の国境が一点で接する場所があり、そこから三つの国が同時に見えます。
よくある質問
パラグアイはどこにありますか
南米大陸の中央部、内陸にある国です。アルゼンチン、ブラジル、ボリビアに囲まれ、海に面していません。パラグアイ川とパラナ川が国の動脈になっています。
何語を話しますか
スペイン語とグアラニー語です。人口のおよそ8割がグアラニー語を話し、政府でもテレビでも使われます。南米で先住民の言語がこれほど残っている国は他にありません。
マテ茶の原産地はパラグアイですか
そうです。イエルバ・マテの学名 Ilex paraguariensis に国名が入っています。グアラニーの人々の習慣が、イエズス会の栽培と河の交易を通じてアルゼンチンとウルグアイへ広がりました。
テレレとは何ですか
冷水で飲むマテ茶です。暑い国なので、氷とハーブを入れた冷たいものを日中ずっと回し飲みします。パラグアイではこちらが主流です。
アルゼンチンとの関係はどうなっていますか
1864年から1870年の三国同盟戦争で敵対し、パラグアイは人口の半分以上を失ったとされます。現在はアルゼンチンに住む外国出身者で最も多い集団がパラグアイ出身者です。
世界遺産はありますか
ラ・サンティシマ・トリニダー・デ・パラナとヘスース・デ・タバランゲのイエズス会伝道所跡です。グアラニーの意匠とヨーロッパの様式が混ざった彫刻が残っています。