タンゴの巨匠たち

Aníbal Troilo

Aníbal Troilo
目次
  1. 私生活など
  2. トロイロの家
  3. アニバル・トロイロ楽団
  4. トロイロを聴き始めるならこの3曲

アニバル・トロイロ(Aníbal Troilo, 1914年7月11日 – 1975年5月18日60歳没)

アルゼンチン・タンゴ黄金期と呼ばれる1930年代から活躍した作曲家・バンドネオン奏者。

ピチューコ Pichuco、ゴルド Gordo (デブ)などの愛称で親しまれています。

アバスト地区の Cabrera 2937 で生まれます。

生まれた場所をGoogleマップで確認

その後、父がすぐに亡くなり、8歳からSoler 3280 に住んでいました。

8歳から暮らしていた場所をGoogleマップで確認

父親は、トロイロのことを「ピチューコ」と呼んでいました。
ナポリのpicciusoが由来で「泣き虫」と言う意味があります。
10歳の頃にトロイロは母親にバンドネオンを購入してとおねだりします。
フェリーザ(母親)は140ペソでそれを購入。
10ペソの14分割払いで契約します。(2020年での価値は不明)
しかし、4回目の支払日の後、売り手は姿を消し行方不明となり、その後残りを請求されることはなかったそうです。
その1年後となる1925年(11歳のとき)、ピチュコは最初の公演を、アバスト市場(ブエノスアイレスの中心的な果物と野菜の市場)の隣のバーで行います。
14歳の時にはすでに自身の五重奏団を結成していたと伝えられています。
引用:Wikipedia

私生活など

1938年にギリシア人のシータZita(イーダ・ドゥドゥ・イカラチ)という女性と結婚します。
その後トロイロの親友である詩人のオメロ・マンシ(1907-1951)が亡くなりますが、彼の死は、トロイロに1年以上もの深い鬱病を引き起こすことになりました。
鬱病の影響もあり、トロイロはアルコールとコカインを常習していたことでも有名でした。
こうした私生活が元で世間からは一時非難され、「ロス・ドパドス」(有名なLos mareadosに歌詞をつけた曲) にある歌詞のモデルにもなったと言われています。
ブエノスアイレスの音楽業界をまさに太陽のような大きな明かりで照らし続けた偉大なバンドネオン奏者トロイロは、1975年5月18日にイタリアの病院で脳卒中とその他の合併症による心停止により亡くなります。
トロイロはチャカリタ墓地の著名人の墓の角に、アガスティン・マガルディとロベルト・ゴジェネチェの隣に埋葬されており、チャカリータ墓地は「タンゴ界のスターの墓がある広大な墓地」として観光地になっています。

トロイロの家

https://vimeo.com/494557506

トロイロが住んでいたこの家(Soler と Gallo という道の交差点近く)は、1997年にタンゴ文化センターとして登録されています。

アニバル・トロイロ楽団

アニバル・トロイロ楽団はトロイロが亡くなる1975年まで続いていました。

この楽団から、歌手では、ロベルト・ゴジェネチェ (Roberto Goyeneche)、エドムンド・リベロ (Edmundo Rivero) 、ピアノでは、オルランド・ゴニ (Orlando Goñi) や、ホセ・バッソ (José Basso) など有名な人材を多数輩出しています。

ある日、トト・ロドリゲスというバンドネオン奏者が病欠していた日、バンドネオンの腕前をアニバル・トロイロの前で披露して即決で採用になったアストル・ピアソラ (Astor Piazzolla) のエピソードは有名です。

作曲リスト

ア・オメロ【A Homero】 (Tango)

ア・ラ・グアルディア・ヌエバ【A la Guardia Nueva】 (Tango)

ア・ペドロ・マフィア【A Pedro Maffia】 (Tango)

アコルダンドメ・デ・ボス【Acordándome de vos】  (Vals)

アレハンドラ【Alejandra】 (Tango)

バリオ・デ・タンゴ【Barrio de tango】 (Tango) (1942)

チェ・バンドネオン【Che bandoneón】 (Tango) (1949)

コモ・ペロ・エン・カンチャ・エ・ボチャス【Como perro en cancha ´e bochas 】(Milonga)

コン・ミ・ペロ【Con mi perro】 (Milonga)

コン・トダ・ラ・ボス・ケ・テンゴ【Con toda la voz que tengo】 (Milonga)

コントラバヘアンド【Contrabajeando】 (Tango)

コプラス【Coplas】 (Tango)

ダレ・タンゴ【Dale tango】 (Tango)

デセンクエントロ【Desencuentro】 (Tango) (1962)

ディセポリン【Discepolín】 (Tango)

エル・ウルティモ・ファロル【El último farol】 (Tango)

フェチョリア【Fechoría】 (Milonga)

フジヤマ【Fujiyama】 (Tango)

ガラス【Garras】(Tango) (1945)

ガルア【Garúa】 (Tango) (1943)

ラ・カンティナ【La cantina】 (Tango)

ラ・レトレチェラ【La retrechera】 (Habanera)

ラ・トランペラ【La trampera】 (Milonga)

ラ・ウルティマ・クルダ【La última curda】 (Tango) (1956)

マリア【María】(Tango) (1945)

メ・エクストラーニャ・セルバンド【Me extraña Servando 】(Tango) (1953)

メディア・ノーチェ【Media noche】 (Tango) (1934)

ミ・タンゴ・トリステ【Mi tango triste】 (Tango triste) (Tango) (1946)

ミロンガ・デ・マヌエル・フローレス【Milonga de Manuel Flores】 (Milonga)

ミロンガ・デ・マジョラル【Milonga del mayoral 】(Milonga)

ミロンガ・パラ・ラ・パルダ【Milonga para la parda】 (Milonga)

ミロンゲーロ・トリステ【Milonguero triste】 (Tango)

ナイぺ・タンゴ【Naipe Tango】 (1944)

ノクトゥルノ・ア・ミ・バリオ【Nocturno a mi barrio】 (Tango)

パケ・バイレン・ロス・ムチャーチョス【Pa’ que bailen los muchachos】 (Tango)(1942)

パティオ・ミーオ【Patio mío】 (Tango)

レコルダンドメ【Recordando】 (Milonga) (1949)

レスポンソ【Responso】 (Tango)

ロマンせ・デ・バリオ【Romance de barrio】 (Vals) (1947)

スール【Sur】 (Tango) (1948)

テ・ジャマン・マレボ【Te llaman malevo】 (Tango)

テスタメント・タンゲーロ【Testamento tanguero】 (Tango)

トダ・ミ・ビーダ【Toda mi vida】 (Tango) (1941)

トタル・パケ・シルボ【Total pa’qué sirvo】 (Tango) (1941)

トレス・イ・ドス【Tres y dos】 (Tango)

トゥ・ペヌルティモ・タンゴ【Tu penúltimo tango】 (Tango)

ウナ・カンシオン【Una canción】(Tango)

バルセシート・アミーゴ【Valsecito amigo】  (Vals)

ブエルべ・ラ・セレナータ【Vuelve la serenata】 (Vals)

イ・ア・ミ・ケ【Y a mi qué】 (Tango)

イ・ノー・プエデ・セール【Y no puede ser】 (Tango)

ジョ・ソイ・デル・トレインタ【Yo soy del treinta】 (Tango)

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編集部撮影の写真

トロイロを聴き始めるならこの3曲

  • スール: 詩人オメロ・マンシとの最高傑作。タンゴで最も愛される歌のひとつです
  • バリオ・デ・タンゴ: 下町の情景をそのまま音にした代表作です
  • ラ・ウルティマ・クルダ: 晩年の境地を刻む一曲です
アニバル・トロイロはどんな音楽家ですか

1914年ブエノスアイレスのアバスト生まれのバンドネオン奏者・作曲家で、愛称はピチューコ。黄金時代を代表する楽団を率い、歌手と詩を最も大切にした「詩情のタンゴ」で愛されました。

トロイロとピアソラの関係は何ですか

若き日のピアソラはトロイロ楽団のバンドネオン奏者兼編曲者でした。ピアソラは生涯トロイロを師と仰ぎ、追悼曲も書いています。

トロイロの代表曲はどれですか

スール、バリオ・デ・タンゴ、チェ・バンドネオン、ラ・ウルティマ・クルダなどが代表作です。

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