タンゴを知る

タンゴとは|生まれた場所と、時代で音が違う理由

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タンゴとは|生まれた場所と、時代で音が違う理由
目次
  1. タンゴという言葉の意味と語源
  2. タンゴ発祥の国はどこか
  3. タンゴの歴史を地図で歩く
  4. 時代別の代表曲
  5. 草創期 (1900年代から1920年代)
  6. 黄金時代 (1930年代から1950年代)
  7. 前衛以降 (1950年代後半から)
  8. タンゴのリズムは2拍子の駆け引き
  9. タンゴの心臓、バンドネオン
  10. タンゴのダンスは即興の会話
  11. ミロンガとは、踊る場のこと
  12. タンゴの衣装と靴
  13. タンゴの言葉、ルンファルド
  14. ブエノスアイレスに残っているタンゴの現物
  15. タンゴを聴き始める・観に行く・踊り始める
  16. タンゴを聴きはじめる道具
  17. 日本にタンゴが届いた日
  18. 日本タンゴの重鎮たち
  19. その後の番組
  20. 民間放送開始
  21. DJスタイルの番組

タンゴとは、19世紀末にアルゼンチンの首都ブエノスアイレスとウルグアイのモンテビデオ、二つの港町で生まれた音楽とダンスの総称です。ヨーロッパからの移民、アフリカ系住民、現地のガウチョ (牧童) の文化が河口の下町で混ざり合って生まれ、2009年にはユネスコの無形文化遺産に登録されました。

この記事は、ブエノスアイレスでタンゴを演奏して暮らすチームによる「タンゴとは」の完全ガイドです。言葉の意味から、発祥の国、リズム、楽器、ダンス、衣装、そして現地の踊りの場ミロンガまで、この1本で全体像がつかめるように書いています。

タンゴの家の門の前ラ・カサ・デル・タンゴ 2022 ・ 撮影 大長志野アーカイブで見る

タンゴという言葉の意味と語源

タンゴ (tango) という言葉の語源には諸説あります。有力なのは、アフリカ系住民が太鼓の集会を指した言葉に由来する説と、ラテン語の tangere (触れる) に由来する説です。19世紀のブエノスアイレスでは「集まって踊る場所」そのものをタンゴと呼んでいた記録があり、音楽のジャンル名になったのはその後です。

現在「タンゴ」と言うときは、次の3つを同時に指しています。

  • 音楽は2拍子系のリズムを持つ器楽・声楽作品
  • ダンスは男女が組んで即興で踊る社交ダンス
  • 文化は歌詞の言葉 (ルンファルド)、詩、服装、夜の社交まで含む生活文化

タンゴ発祥の国はどこか

発祥の国はアルゼンチンとウルグアイの2ヶ国です。ユネスコ無形文化遺産にも、この2ヶ国の共同申請で登録されました。ブエノスアイレスとモンテビデオはラプラタ川の河口を挟んで向かい合う双子の港町で、タンゴはこの水辺の下町文化として生まれました。

「タンゴの国」としてアルゼンチンの名が先に挙がるのは、その後の発展の中心が圧倒的にブエノスアイレスだったためです。20世紀初頭にパリの社交界で大流行し、世界の社交ダンスに組み込まれていく過程も、ブエノスアイレスの楽団と歌手が担いました。

タンゴの歴史を地図で歩く

タンゴの歴史は、ブエノスアイレスの実際の場所に刻まれています。当サイトはタンゴ誕生の川辺からガルデルの霊廟、ユネスコ登録までの出来事を、実際の場所に置いた地図にしました。点をクリックすると、何が起きたか、いまその場所で何が見られるかが写真つきで出ます。

大きな画面では タンゴ史の地図 をどうぞ。タンゴが生まれてから世界遺産になるまでの国の背景は、アルゼンチンの歴史の解説 が正典です。ガルデルが主演した初期のタンゴ映画は アルゼンチン初期タンゴ映画の完全ガイド で観られる形で残っています。

時代別の代表曲

タンゴがどんな音かは、聴くのがいちばん早いです。時代ごとに音が大きく違うので、順にたどると変化が分かります。

草創期 (1900年代から1920年代)

まだ楽譜も定まらず、港の酒場で演奏されていた時期です。編成は小さく、フルート、ギター、ヴァイオリンといった組み合わせでした。

  • エル・チョクロ (El Choclo)。アンヘル・ビジョルド、1903年。とうもろこしという意味の題で、初期タンゴの代表格です。エル・チョクロの記事にまとめました
  • ラ・クンパルシータ (La Cumparsita)。ヘラルド・マトス・ロドリゲス、1917年。ウルグアイ生まれで、世界で最も知られたタンゴです。ラ・クンパルシータとは
  • ミ・ノーチェ・トリステ (Mi Noche Triste)。1917年。カルロス・ガルデルが歌い、これ以降タンゴに歌詞が入るようになりました

黄金時代 (1930年代から1950年代)

楽団が大きくなり、バンドネオンが4台並ぶ編成が標準になります。踊るための音楽として完成した時期です。

  • ラ・クンパルシータ (ダリエンソ楽団、1951年)。拍を刻む演奏で「リズムの王様」と呼ばれました。ファン・ダリエンソ
  • ラ・ジュンバ (La Yumba)。オスバルド・プグリエーセ。重く沈む独特の拍で、名前は音そのものを表しています。オスバルド・プグリエーセ
  • バイア・ブランカ (Bahía Blanca)。カルロス・ディ・サルリ。弦が絹のように歌う演奏です。カルロス・ディ・サルリ
  • スール (Sur)。アニバル・トロイロ。歌に寄り添うバンドネオンの手本とされます。アニバル・トロイロ

前衛以降 (1950年代後半から)

踊るための音楽から、聴くための音楽へ広がった時期です。

  • アディオス・ノニーノ (Adiós Nonino)。アストル・ピアソラ、1959年。父の死に際して書かれた曲です。アディオス・ノニーノとは
  • リベルタンゴ (Libertango)。ピアソラ、1974年。日本で最も知られたタンゴで、3拍3拍2拍に割る独特の刻みが特徴です。リベルタンゴとは
  • ブエノスアイレスの四季。ピアソラ。クラシックの奏者にも広く演奏されています。アストル・ピアソラ

どれから聴くか迷う方は、タンゴ名盤ライブラリーに演奏者別の入口をまとめています。同じ曲でも楽団によって別の音楽に聞こえるのが、この音楽のいちばん面白いところです。

タンゴのリズムは2拍子の駆け引き

タンゴのリズムの土台は2拍子 (2/4拍子) です。ハバネラから受け継いだ「ズン・チャッ」という刻みが原型で、そこから3つの主要な形式が派生しました。

形式拍子性格
タンゴ2/4 (4/8で数えることも)歩くテンポ。緊張と解放の駆け引き
ミロンガ (楽曲形式)速い2拍子陽気で跳ねる。タンゴの祖先に近い
バルス3拍子タンゴ流のワルツ。流れるように回る

演奏では、拍を正確に刻むより「シンコパ (シンコペーション)」と呼ばれるズラしで前へ進む推進力を作ります。ダリエンソ楽団のような強いリズムの楽団と、ディ・サルリ楽団のような歌うスタイルの楽団の違いを聴き比べると、タンゴのリズムの幅が分かります。

タンゴの心臓、バンドネオン

暗い背景に置かれたバンドネオン。ボタンと蛇腹が見える
バンドネオン。鍵盤ではなくボタンで、押すときと引くときで音が変わります

タンゴの音色を決めているのは、ドイツ生まれの蛇腹楽器バンドネオンです。教会のオルガンの代用として生まれた楽器が、移民の船とともに南米へ渡り、タンゴの心臓になりました。哀愁を帯びた音色の秘密は、押すときと引くときで音が変わる複雑な配列にあります。

当サイトには、ブラウザ上でバンドネオンの配列を鳴らして仕組みを体験できるページがあります。

バンドネオンに触れてみるブラウザで鳴らせる、タンゴの心臓

標準的な編成は「オルケスタ・ティピカ」と呼ばれ、バンドネオン群、バイオリン群、ピアノ、コントラバスで構成されます。

タンゴのダンスは即興の会話

タンゴのダンスは、決まった振り付けを再現するものではなく、男女の即興の会話です。リードとフォローの微細な重心のやりとりで、歩き (カミナール)、8の字 (オーチョ)、絡め (ガンチョ) といった要素をその場で紡いでいきます。

競技ダンス (社交ダンス) のタンゴと、本場のアルゼンチンタンゴは別物です。前者は型と採点基準を持つスポーツに近く、後者は抱擁 (アブラソ) の中で音楽を聴き合う文化です。アルゼンチンタンゴに階級試験はなく、初心者からマエストロまでが同じフロアで踊ります。

ミロンガとは、踊る場のこと

1940年代のブエノスアイレスのミロンガ会場。大勢が踊っている
1940年代のミロンガの様子。タンゴがいちばん大衆のものだった時代です

ミロンガという言葉には2つの意味があります。1つは上で述べた速い2拍子の楽曲形式、もう1つはタンゴを踊る社交の場です。ブエノスアイレスでは毎晩どこかでミロンガが開かれ、目線で踊りに誘う「カベセオ」など、独特の作法が今も生きています。

観るタンゴ (ショー) と踊るタンゴ (ミロンガ) は入口が違います。旅行者としてまず観たい人はタンゲリーア (ショーハウス) へ、踊りたい人はミロンガへ。どちらも当サイトに完全ガイドがあります。

タンゴの衣装と靴

木の階段に置かれたタンゴシューズ
会場の階段に置かれたタンゴシューズ。履き替えて踊り、履き替えて帰ります (現地スタッフ撮影)

ショーのダンサーの衣装は華やかですが、現地のミロンガの服装は思いのほか普通で、清潔なスマートカジュアルが基本です。こだわりが表れるのは足元で、床を滑らせて軸で回るために、専用のタンゴシューズを履きます。かかとの高さと足裏の返しが普通の靴と違います。

当サイトには、足をA4用紙の上で撮影して現地工房の木型と照合できる無料ツールがあります。

足を測って工房別サイズを知るタンゴ靴のサイズ照合ツール・無料

タンゴの言葉、ルンファルド

タンゴの歌詞には、ブエノスアイレスの下町俗語「ルンファルド」が織り込まれています。イタリア語やジェノバ方言由来の言葉が多く、歌詞を読み解く鍵になります。当サイトのルンファルド辞書 (114語) で、タンゴの名曲に出てくる言葉を引けます。

ルンファルド辞書を引くタンゴの歌詞と街の言葉 114語

ブエノスアイレスに残っているタンゴの現物

タンゴを説明する言葉はいくらでもありますが、この街には現物が残っています。国立タンゴ学院の博物館 (Academia Nacional del Tango) には、往年の奏者が実際に使った楽器が保管されています。

ペドロ・マフィアが使用したバンドネオン。側面に P.M. Maffia の銘が入っている
ペドロ・マフィアのバンドネオン。側面に本人の銘が入っています。取材時にケースから出していただきました (現地スタッフ撮影)

アニバル・トロイロのバンドネオンも、親交の深かったギタリスト、ロベルト・グレラのギターと一緒に保管されています。演奏された録音が残っている楽器を、目の前で見られる場所です。

カフェに集うタンゴの巨匠たちを模した人形の展示
カフェのテーブルを囲む巨匠たちの人形。一人ひとり誰か分かる作り込みです (現地スタッフ撮影)

この博物館のサロンでは、いまも公開レッスンとミロンガが開かれています。資料を見に来た人が、そのまま踊って帰る。タンゴが展示物ではなく続いているものだと分かるのは、この場面です。

資料館のサロンで踊るカップル
資料に囲まれたサロンで踊る人たち (現地スタッフ撮影)

館内の詳細は トロイロの楽器を発見タンゴ博物館:Academia Nacional de Tango にまとめました。

タンゴを聴き始める・観に行く・踊り始める

開演前の音楽ホール。丸テーブルの客席がほぼ埋まり、奥の舞台に青い照明が入っている
開演前のブエノスアイレスの音楽ホール。タンゴは今も、こうした店の舞台で毎晩演奏されています (現地スタッフ撮影)
タンゴとはどういう意味ですか

19世紀末にブエノスアイレスとモンテビデオの港町で生まれた音楽とダンスの総称です。語源はアフリカ系住民の太鼓の集会を指す言葉に由来する説が有力で、音楽・ダンス・生活文化の3つを同時に指す言葉として使われています。

タンゴはどこの国の音楽ですか

アルゼンチンとウルグアイの2ヶ国が発祥で、ユネスコ無形文化遺産にも両国共同で登録されています。発展の中心はアルゼンチンのブエノスアイレスで、「アルゼンチンタンゴ」という呼び名はここから来ています。

タンゴは何拍子ですか

土台は2拍子 (2/4拍子) です。派生形式として、速い2拍子のミロンガ、3拍子のバルス (ワルツ) があり、この3形式が現地のダンスフロアの基本です。

アルゼンチンタンゴと社交ダンスのタンゴは何が違いますか

社交ダンス (競技) のタンゴは型と採点基準を持つ様式で、アルゼンチンタンゴは抱擁の中で即興で踊る文化です。音楽も異なり、アルゼンチンタンゴはバンドネオンを中心とした生演奏の伝統を持ちます。

ミロンガとは何ですか

2つの意味があります。1つは速い2拍子の楽曲形式、もう1つはタンゴを踊る社交の場のことです。ブエノスアイレスでは毎晩各地で開かれ、目線で誘うカベセオなど独自の作法があります。

タンゴを聴くならまず誰から聴くべきですか

ダリエンソ (リズム)、ディ・サルリ (歌)、トロイロ (詩情)、プグリエーセ (劇性) の4大楽団から聴き始めるのが定番です。それぞれの入門盤を当サイトの名盤ライブラリーで紹介しています。

タンゴを聴きはじめる道具

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日本にタンゴが届いた日

この記事を担当:こうたろう

1986年生まれ 音大卒業後日本、スウェーデン、ドイツにて音楽活動 その後金田式DC録音のスタジオに弟子入り 独立後芸術工房Pinocoaを結成しアルゼンチンタンゴ音楽を専門にプロデュース その後写真・映像スタジオで音響担当を経験し、写真を学ぶ 現在はヒーリングサウンド専門のピアニスト、音響エンジニア、フォトグラファーなどフリーランスのマルチメディアクリエーターとして活動中 当記事ではアルゼンチンタンゴを知るためのコアな知識を考察していきます

日本タンゴの重鎮たち

この時に組織されたオルケスタ・ティピカ・ラジオ・トーキョーというバンドが結成されました。

このオルケスタ・ティピカ・ラジオ・トーキョーは後の日本タンゴ史の発展になくてはならない演奏家やプロデューサーが多数在籍しており、本格的なタンゴ音楽のはじまりといっても過言ではありません。

バンドネオンの早川真平、ピアノの刀根研二、ベースは見砂直照(後にタンゴ楽団『クラルテ』を結成)、バイオリンの原孝太郎(後にタンゴ楽団『東京六重奏団』結成)。

残念ながらリーダーの高橋忠雄が体調を崩したことによりわずか8ヶ月の番組でした。

その後の番組

1947年にはダンスホールや、クラブからタンゴバンドのライブを中継する『ダンス・タイム』(毎週土曜の夜)

1947年『中南米音楽の時間』と題してタンゴのレコードを紹介する番組。(毎週土曜の朝)

1948年『ラテンアメリカ音楽の時間』こちらもレコードを紹介する番組。(毎週土曜の夕方)

この中でも重鎮高橋忠雄の企画で生まれたラテンアメリカ音楽の時間は人気番組となり、その後5年続きました。

民間放送開始

1950年代からはこれまでNHKの独占配信だったタンゴ音楽が民間からも放送されるようになります。

現TBSとなるラジオ東京では、開局と同時にタンゴの帯番組をスタート。

ポルテニヤ音楽という番組で夕方25分の放送となりました。

バンドネオン奏者の坂本政一のバンド『坂本政一室内楽団』は毎回公開録音となっていましたが、無料で生バンドが聴けると言うことで毎回スタジオの定員の何倍もの観覧応募があったそうです。

1952年には文化放送が開局しました。

文化放送でも当時のタンゴ人気を見込んで『バースデー・コンサート』という番組が始まります。(毎週火曜日夜7時半から30分)

早川真平率いるオルケスタ・ティピカ東京と専属歌手の藤沢嵐子の生バンドでした。

放送日に誕生日の人を優先的にスタジオに招待し抽選で豪華なバースデープレゼントを贈るといった趣旨の番組のため、当時特にタンゴファンではない層にも人気で、タンゴが一般的に広まるきっかけともなりました。

1955年時点ではタンゴ楽団は全国に46も登録されており、そのうちオルケスタ・ティピカを名乗る楽団は12個もありました。

DJスタイルの番組

NHKは他の曲にさきがけて1953年『ぼくのアルバム』というDJスタイルの音楽番組を開始。

タンゴだけではなく、ラテン音楽やジャズ、ハワイアン、カントリーといった日本以外の様々な音楽をそれぞれのジャンルの評論家と一緒に紹介していました。

1955年に始まった文化放送の『これがタンゴだ!』もDJスタイルの番組。

現在のシニア世代もこの番組がきっかけでタンゴに興味を持ったというファンが多い番組です。

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