Francisco Canaro

フランシスコ・カナロ(Francisco Canaro, 1888年11月26日 - 1964年12月14日 / 76歳没)

ウルグアイ出身(サン・ホセ・デ・マジョ生まれ)のアルゼンチンで活躍したタンゴのバイオリニスト・指揮者・作曲家。

幼い頃に、アルゼンチンのブエノスアイレスに移住。
当時、実家の家計は苦しく音楽教育が受けられなかったカナロは、独学でギター・マンドリン・ヴァイオリン・ハモンドオルガン等の楽器をすべて習得したと言われています。
1906年18歳の時にヴァイオリン、ギターそしてマンドリンとのトリオでデビューしました。
「作曲した作品は700曲、録音したレコードは7000タイトル」と、自伝の中で語っているカナロはタンゴの王とも呼ばれています。
引用:Wikipedia

カナロが産まれたころのウルグアイ

1880年代にタンゴは誕生したと言われており、アルゼンチン~ブエノスアイレスのボカ地区が発祥という説と、ウルグアイのモンテビデオが発祥という説が混合しています。

当然どちらの地域も我らの地域から発祥したと主張しますし、貿易の過程で港町で栄えたタンゴですから、これは世界で2番目に巨大な吊り橋である明石海峡大橋は明石で産まれたのか、淡路島で産まれたのかといってるようなもので、答えは永久にでないと思われます。

カナロが誕生したサン・ホセ・デ・マジョと、モンテビデオは約100kmほど。

幼いころにアルゼンチンに移住していますから、どちらが発祥だとしても、タンゴ誕生の歴史に立ち会った数少ないマエストロと言えるのではないでしょうか。

ちなみに近年も続くウルグアイの畜産業はこの頃発達したと言われており、カナロが産まれた当時は軍事政権でした。

その後、1903年にホセ・バッジェ・イ・オルドーニェス大統領が就任すると、「南米のスイス」とも呼ばれる超福祉国家になっていきます。

近い年代ではフリオ・デ・カロもタンゴが誕生して間もない頃に誕生し、タンゴの進化と一緒に育っていったと言えます。

ちなみにデ・カロは裕福な家庭の生まれで音楽の英才教育を受けており、カナロとは正反対の幼少期を過ごしたと言えます。

フリオ・デ・カロ(Julio De Caro, 1899年12月11日 -1980年5月11日 / 80歳没 )

カナロの功績

彼がデビューして亡くなるまでの60年近い間一貫してタンゴの王として君臨できた理由はどのあたりでしょうか。

それは時代を先取りしたアイディアを取り入れた点や、演奏スタイルは変化しつつも親しみやすい演奏を心がけダンス文化と直結した踊れるタンゴを守り続けた点であるという意見があります。

亡くなる3年前の1961年には生涯唯一の来日を果たしています。
1961年と言えば世界では4月11日にアイヒマン裁判が行われ8月13日は旧東ドイツが東西ベルリンの境界を封鎖しました。
日本ではNHK朝の連続テレビ小説の第一回目が開始となった年でした。

パリのカナロ

タンゴの定番ナンバーである『パリのカナロ』 "Canaro en Paris" は、アレハンドロ・スカルピーノと、ファン・カルダレーラの1925年の共同作品。

1925年に大成功をとなったカナロ楽団のパリ演奏旅行の新聞記事の見出しからとったタイトルでした。

カナロが生まれたウルグアイの様子

ウルグアイと言えば世界一貧しい大統領という異名で有名になったムヒカ元大統領のいる国。

アルゼンチン人は毎日のようにマテ茶を飲むほどマテ茶が大好きですが、ウルグアイ人はマテ器と手がくっついているとも言われるほど、大好きという概念を超えてマテ茶と共に暮らしています。

ムヒカ大統領が大麻を合法化に導いた経緯もあり、アルゼンチン経由で大麻の個人栽培家の農園をめぐるツアーが外国人から人気を集めているそうです。

カナロが産まれてから随分と時間が経ちましたが、21世紀のウルグアイの様子を少しだけご覧ください。

積極的にテクノロジーを取り入れるようなエリアではないため、100年前の景色とそこまで劇的に変わっていないことが想像できます。
ちなみにウルグアイは世界一貧しい大統領という名前のイメージとは裏腹に観光立国としての地位やブラジルとアルゼンチンの貿易の中継地点であることをうまく利用し、物価は非常に高く、経済は非常に安定しています。
代表曲リスト

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Kotaro Studio
Kotaro Studio『誰かのためにただここに在る』
金田式バランス電流伝送DC録音の遺伝子を受け継ぐ音響エンジニア・音楽プロデューサーの服部 洸太郎が運営する『旧・芸術工房Pinocoa』の『Kotaro Studio』が企画運営しています。
青いタンゴ礁では、『アルゼンチンタンゴのすべて』をテーマにタンゴの歴史やマエストロの紹介、またタンゴを作ってきたアルゼンチンの文化や歴史、さらにはインカ帝国時代まで遡って研究しています。
日本とは正反対にあるアルゼンチンですが、親日国としても知られており、近年日本人の移住者が増加している流れもあり、現地での生活情報なども随時発信中!
2021年より完全移住したタンゴピアニストの大長 志野が現地スタッフの日常カテゴリーにてお届けしております。
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