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1820〜1860年代

国家の形成 ― 内戦と憲法

独立しても、すぐに一つの国にはなれなかった。『どんな国にするか』をめぐり、長い内戦が続いた。

ウニタリオとフェデラル

ブエノスアイレスを中心に強い中央政府を求める『ウニタリオ(中央集権派)』と、各州の自治と、ブエノスアイレス港の関税収入の分配を求める『フェデラル(連邦派)』が、半世紀にわたり争った。

1829年から1852年まで実権を握ったブエノスアイレス州知事フアン・マヌエル・デ・ロサスは、強い個人支配で一定の秩序をもたらす一方、反対派を弾圧する強権的な統治者でもあった。その評価は今日まで分かれている。

カセロスと1853年憲法

1852年のカセロスの戦いでロサスが敗れ、亡命すると、翌1853年に連邦憲法が制定された。これは現行アルゼンチン憲法の原型である。

ただしブエノスアイレスはしばらく中央と対立し、国家の真の統合が進むのは1860年代のことだった。こうして近代国家アルゼンチンの骨格がようやく整っていく。

キーワード

ウニタリオ / フェデラル
中央集権派と、州自治を求める連邦派の対立。
ロサス
1829〜1852年に実権を握った指導者。評価は今も割れる。
1853年憲法
現行アルゼンチン憲法の原型。

独立しても、どんな国にするかで人々の意見は割れました。

強い中央政府がよいという人たちと、それぞれの地方を大切にしたい人たちが、長いあいだ争いました。1853年、みんなのルールである『憲法』ができて、少しずつ一つの国にまとまっていきました。

キーワード

憲法
国の基本のルール。
内戦
同じ国の中での争い。