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1878〜1885

「砂漠の征服」と先住民

国家の拡大は、先住民の世界の終わりを意味した。これはアルゼンチン史の中でも、特に重く、論争的な主題である。

軍事作戦と領土の拡大

1878〜1885年、フリオ・アルヘンティーノ・ロカ将軍が率いた『砂漠の征服』により、国家はパンパからパタゴニアにいたる広大な土地を支配下に置いた。最新のレミントン銃で武装した軍が、先住民の社会を組織的に打ち砕いていった。

獲得された土地の多くは少数の大地主や企業に分配され、のちの輸出経済(牛肉・小麦)の基盤となる。『砂漠』と呼ばれたが、そこには確かに人々の世界があった。

先住民の被害と、問い直される記憶

マプチェ、ランケル、テウェルチェらは殺され、追われ、家族は引き裂かれ、収容所へ送られ、強制的に労働に就かされた者もいた。言語や文化を奪われた打撃は、今日の先住民コミュニティにも及んでいる。

当時は『文明か野蛮か』という西洋的な論理で正当化された。だが現代のアルゼンチンでは、これを先住民に対する重大な暴力——『ジェノサイド(集団殺害)』と呼ぶ声を含め——として問い直す動きが強く、司法に訴えも起きている。ロカの像には今も『ロカ=ジェノサイド』の落書きが書かれ、記憶をめぐる論争は続いている。

キーワード

砂漠の征服
1878〜1885年の軍事作戦。広大な先住民の地を併合。
ロカ
作戦を率いた将軍。のち大統領。評価は今も激しく割れる。
文明と野蛮
征服を正当化した当時の西洋的な二分法。
ジェノサイド論争
この作戦を集団殺害とみなすか否かをめぐる現代の議論。

国が大きくなる一方で、先住民の人たちは大きな被害を受けました。

1800年代の終わり、軍隊が南の広い土地を支配しました。そこに住んでいた先住民の人たちは、命や土地、文化をうばわれました。いまのアルゼンチンでは、これはとても悲しいまちがいだったと考え、見つめ直す人が増えています。

キーワード

砂漠の征服
南の土地を軍が支配した出来事。
先住民の被害
土地や文化がうばわれたこと。