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1810〜1816
五月革命と独立
ナポレオンに揺れる宗主国スペイン。その隙に、独立への動きが始まった。
五月革命(1810)
1808年、ナポレオンがスペインを占領し国王が捕らわれると、植民地各地で『正統な王が不在なら、統治は誰のものか』という問いが噴き出した。1810年5月、ブエノスアイレスの人々は副王シスネロスを退け、自治政府『第一執政府(プリメーラ・フンタ)』を樹立する(5月25日)。
当初は『囚われの王フェルナンドの名のもとに』という形をとったが、これは事実上、独立への第一歩だった。
独立宣言とサン・マルティン
1816年7月9日、トゥクマン会議が正式に独立を宣言する。だが独立は宣言だけでは守れない。ホセ・デ・サン・マルティンは練り上げた軍を率いてアンデス山脈を越え、チリ、さらにペルーの解放へと向かった。
彼はシモン・ボリバルと並ぶ南米独立の英雄として、今もアルゼンチンで『祖国の父』と讃えられている。
キーワード
- 五月革命(1810)
- 副王を退け第一執政府を樹立。5月25日。
- トゥクマン会議(1816)
- 7月9日に独立を宣言した会議。
- サン・マルティン
- アンデスを越え南米独立を導いた『祖国の父』。
200年ほど前、アルゼンチンはスペインから独立しました。
1810年5月25日、人々は自分たちの政府をつくりました。そして1816年7月9日、正式に『独立』を宣言します。サン・マルティンという英雄は、高いアンデス山脈をこえて仲間の国々の独立も助けました。
キーワード
- 独立
- ほかの国の支配から自由になること。
- サン・マルティン
- アンデスをこえた独立の英雄。