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1880〜1930
大移民の時代
ヨーロッパから、海をこえて。アルゼンチンの今の姿は、この大移民が形づくった。
700万人の到来
1880年から1930年にかけて、アルゼンチンは世界有数の移民受け入れ国となった。1870〜1930年に約700万人が到来し、その約8割をイタリア人とスペイン人が占めた。国は広大な土地と労働力を必要とし、移民を積極的に呼び込んだ。
ブエノスアイレスは人口が爆発的に増え、言葉も文化も入り混じる大都市へと姿を変えた。新来者の多くは港に近い長屋(コンベンティージョ)にひしめき合って暮らした。
坩堝から生まれた文化
故郷を離れた人々の郷愁、出会い、そして混交——その港町の坩堝(るつぼ)から、まさにこの時代にタンゴが生まれた。歌詞には、移民たちの俗語『ルンファルド』が刻まれている。
『人種の坩堝(クリソル・デ・ラサス)』というアルゼンチンの自己像は、この大移民が形づくったものだ。同時にそれは、先住民やアフリカ系の存在を覆い隠す物語でもあった、という批判も今日では語られる。
キーワード
- 大移民(1880-1930)
- 約700万人が到来。約8割がイタリア・スペイン系。
- クリソル・デ・ラサス
- 『人種の坩堝』。多民族が混じり合う自己像。
- ルンファルド
- 移民の港町で生まれた俗語。タンゴの歌詞に残る。
100年ほど前、ヨーロッパからたくさんの人が船でやって来ました。
イタリアやスペインから来た人たちが、ブエノスアイレスでいっしょに暮らすようになりました。いろいろな国の文化がまざり合い、そこからタンゴという音楽も生まれました。
キーワード
- 移民
- ほかの国から移り住んでくる人たち。
- 坩堝(るつぼ)
- いろいろなものがまざり合う場所。