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1912〜1955
民主主義の拡大とペロン
普通選挙の実現、そして労働者と大衆の時代へ。アルゼンチン政治の核となる『ペロニズモ』が生まれる。
普通選挙への道
1912年のサエンス・ペーニャ法により、男子普通・秘密・義務投票が実現した。政治は一部の特権層から、より広い大衆へと開かれ、1916年にはイポリト・イリゴージェン(急進党)が初めて選挙で大統領に選ばれる。
しかし1930年、軍がクーデターで政権を倒し、以後アルゼンチンは民主政と軍の介入を繰り返す不安定な時代に入っていく。
ペロンとエバ
1946年に大統領となったフアン・ペロンは、労働者の権利や社会福祉を国家の中心に据える『ペロニズモ』を掲げた。妻エバ(エビータ)は貧しい人々や女性の側に立ち、絶大な支持を集める。1947年には女性参政権も実現した。
一方でペロン主義は、熱烈な支持と強い反発の双方を生み、アルゼンチン社会を今に至るまで深く二分してきた。ペロンは1955年、軍のクーデター(『解放革命』)によって追放される。
キーワード
- サエンス・ペーニャ法(1912)
- 男子普通・秘密・義務投票を実現。
- イリゴージェン
- 1916年に選挙で選ばれた急進党の大統領。
- ペロンとエバ / ペロニズモ
- 労働者を支持基盤とし、今も社会を二分する政治潮流。
多くの人が選挙で投票できるようになり、『ペロン』という指導者が現れました。
1912年、男の人みんなが投票できるようになりました(女の人は1947年から)。大統領のペロンと妻のエバは、働く人たちの味方として大きな人気を集めました。いっぽうで、ペロンを好きな人と嫌いな人で、国は今も意見が分かれています。
キーワード
- 選挙
- 投票で代表を選ぶしくみ。
- ペロンとエバ
- 働く人に人気だった大統領夫妻。