Enrique Francini

エンリケ・マリオ・フランチーニ(Enrique Mario Francini, 1916年1月14日 - 1978年8月27日 / 62歳没)

アルゼンチンタンゴオーケストラのディレクター、作曲家、ヴァイオリニストとして、さまざまなタンゴアンサンブルで演奏し活躍しました。

アルゼンチンのブエノスアイレス州のサンフェルナンド市で生まれ、幼少期はパラナ川のカンパーナ市で過ごしました。
ここで彼はドイツ人バイオリニスト、ファン・エーラートからバイオリンを学びました。
1933年にカルロス・ガルデルがカンパーナ市でコンサートを行った際、フランシーニと同じ年の友人であるヘクトール・スタンポーニは、一緒に作曲したタンゴをガルデルに贈ったとされています。

ヘクトール・スタンポーニ (Héctor Stamponi, 1916年12月24日 – 1997年12月3日 / 81歳没)

音楽家フランシー二

フランシーニは、スタンポーニとアルマンド・ポンティエらと一緒にラジオ番組に出演し、音楽のキャリアを開始しました。

後にフランシー二はスタンポーニとアルマンド・ポンティエとトリオを結成しています。

1945年にフランチーニとポンティエはオルケスタフランチーニポンティエを結成。

アルバム数にして120作品を制作。

そのうち、34作品はインストルメンタル(歌なし)です。

その後スタンポーニとのデュオで活動をしますが、すぐにピアニストのファン・ホセ・パス、バンドネオン奏者のフリオ・アウマダ、歌手のアルベルト・ポデスタとのオーケストラを設立しました。

1955年にはアストル・ピアソラのオクテト・ブエノス・アイレスに参加。

アストル・ピアソラ(Astor Piazzolla, 1921年3月11日 – 1992年7月4日 / 71歳没)

フランシー二はタンゴ界での活躍と並行しながら死の直前までブエノスアイレスフィルハーモニーで第一バイオリン奏者として演奏しました。

1978年8月27日、カニョ14 でのノスタジアスの演奏の最中に心臓発作で亡くなりました。
作曲リスト

アレグリーア・ポエマ【Alergia Poema】( lunfardo) (1949)

アサバチェ【Azabache】( Milonga) (1942)

バホ・ウン・シエロ・デ・エストレージャス【Bajo un cielo de estrellas】(Vals )(1941)

ベビエンド・コンティーゴ【Bebiendo contigo】(Tango)

ボエミオ【Bohemio】(Tango)

カモウフラヘ【Camouflage】 ( Tango)

コン・エシャ・エン・エル・マール【Con ella en el mar】(Vals)

デリリオ【Delirio】(Tango)

エル・イホ・トリステ【El hijo triste】(Vals)

エル・ミスモ・ドロール【El mismo dolor】(Vals)

エセ・ムチャーチョ・トロイロ【Ese muchacho Troilo】(Tango)

フント・ア・トゥ・コラソン【Junto a tu corazón】(Tango) (1942)

ラ・カンシオン・イノビダーブレ【La canción inolvidable】(Tango)

ラ・ビ・シェガール【La vi llegar】(Tango) (1944)

シュビア・デ・アブリル【Lluvia de abril】(Tango) (1945)

マニャーナ・イレ・テンプラーノ【Mañana iré temprano】(Tango) (1943)

メ・カセ・コン・ウン・サルヘント【Me casé con un sargento 】(Corrido polca)

オジェメ【Oyeme】(Tango) (1947)

ぺカード【Pecado】(Bolero)

ペダシート・デ・シエロ【Pedacito de cielo】(Vals) (1942)

ポブレ・ネグラ【Pobre negra】(Milonga)

ポル・ウナ・マラ・ムヘール【Por una mala mujer】(Tango)

プリンセサ・デル・ファンゴ【Princesa del fango】(Tango)

テーマ・オトーニャル【Tema otoñal】(Tango)

ウン・ディア・マス【Un día más】(Tango)

ウン・モメント【Un momento】(Tango)

ウナ・トリステ・ベルダッド【Una triste verdad】(Vals)

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Kotaro Studio
Kotaro Studio『誰かのためにただここに在る』
金田式バランス電流伝送DC録音の遺伝子を受け継ぐ音響エンジニア・音楽プロデューサーの服部 洸太郎が運営する『旧・芸術工房Pinocoa』の『Kotaro Studio』が企画運営しています。
青いタンゴ礁では、『アルゼンチンタンゴのすべて』をテーマにタンゴの歴史やマエストロの紹介、またタンゴを作ってきたアルゼンチンの文化や歴史、さらにはインカ帝国時代まで遡って研究しています。
日本とは正反対にあるアルゼンチンですが、親日国としても知られており、近年日本人の移住者が増加している流れもあり、現地での生活情報なども随時発信中!
2021年より完全移住したタンゴピアニストの大長 志野が現地スタッフの日常カテゴリーにてお届けしております。
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