【アルゼンチンで出産する方法】ブエノスアイレスで入院から出産までを “徹底レポート!”

【アルゼンチン出産ガイド】ブエノスアイレス公立病院で入院から帝王切開までを徹底レポート

【アルゼンチン出産ガイド】ブエノスアイレス公立病院で入院から帝王切開までを徹底レポート

「医療費無料」と言われるアルゼンチンの公立病院。しかし、その実態は? 外国人でも本当に無料で産めるの? 医師の質は?
現地スタッフが体験した、入院手続きから陣痛促進剤の使用、そして予期せぬ緊急帝王切開までのリアルなドキュメントをお届けします。

基本情報

公立病院の特徴:忍耐と引き換えの無料医療

アルゼンチンの公立病院は、外国人や旅行者であってもすべての人が無料で利用できます。これは素晴らしいシステムですが、私立病院と比較すると「忍耐力」が必須となります。

事務手続きのアナログさ、待ち時間の長さ、スタッフの対応のバラつき。一度システムに乗ってしまえば楽ですが、そこに慣れるまでは時間がかかります。「お金を出して私立でスムーズに済ませたい」と思うこともありますが、公立病院で働く医師は厳しい試験(オーディション)を勝ち抜いた精鋭たち。私立病院と掛け持ちしている医師も多く、医療レベルそのものは信頼できるケースが多いのが特徴です。

POINT:公立病院の医師システム

公立病院には特定の「主治医」がおらず、その時にシフトに入っている医師が担当する仕組みが一般的です。そのため毎回担当医が変わりますが、カルテの共有やデータ管理はしっかり行われています。

Phase 1

入院当日:流れが目まぐるしく変わる展開

39週目に突入し、ついに入院の日。自分の入院セットとベビー用品を携えて病院へ向かいました。診察室に入ると、前回とは違う先生が待機しています。

医師 「あああ、まだ子宮口が1センチくらいしか開いてないね。ほな入院の説明しとこか!」

説明を受け、観察室(陣痛室)へ移動する準備部屋へ案内されると、看護師さんが慌ただしく現れました。

看護師 「さぁさぁ、あなたの入院用着替え一枚と、赤ちゃんが一番最初に着る服だけ持って入ってきてや〜! 貴重品とか余計なもんは持ってこんといてや〜」 「え?今から入院ですよね?」 看護師 「はい!はよ!下着も何もかも脱いで!着替えたら車椅子乗っといて!」

瞬く間に患者衣に着替えさせられ、車椅子で観察室へ。心の準備をする間もなく、一般外来の廊下を車椅子で通り抜け、入院生活がスタートしました。

Phase 2

観察室のリアル:陣痛促進剤と病院食

観察室(分娩室へ行く前の待機部屋)は大部屋で、他の妊婦さんたちと一緒です。ここで予期せぬ宣告を受けます。

医師 「待ったところで開かないかもしれないから、子宮口を広げるお薬を入れましょう。あなた高齢出産だし、もういくしかないで。最大24時間待ってみましょう」

薬を投与されてからは、トイレに行くことも許されずベッド上での生活。陣痛が激しくなる中、配給された病院食は「クラッカー、カボチャのピューレ、ゼリー」という質素なもの。痛みで身動きが取れない中、マテ茶をストローなしのマグカップで出されるなど、公立病院ならではの「洗礼」を受けました。

Phase 3

事態急変:医師の判断と緊急帝王切開へ

夜20時頃、陣痛が激化。さらに出血の感覚があり、看護師を呼びましたが「よくあることだから」と軽くあしらわれます(公立病院あるある)。しかしその後、医師の診察で事態は急変します。

「陣痛が10分に3回くらい余裕であるっぽいです。あと、子供が動いて横向いてる気がします」 医師 「本当だ、子供移動してるね。出たくないみたいね」

モニターで計測すると、医師たちの顔色が変わりました。

医師 「緊急で帝王切開します。陣痛が来ている時に赤ちゃんの心拍数が下がっている。これは赤ちゃんが疲れてしまっている証拠。このままだとお産の時にもたないかもしれない」

そこからは大慌て。点滴のルート確保に何度か失敗されつつ(!)、ストレッチャーで手術室へ。移動係のお兄さんが勢いよくドアやエレベーターにベッドをぶつけながら運んでいく様子に、痛みを通り越して笑いがこみ上げてきました。

Phase 4

手術室:陽気なスタッフと新しい命の誕生

手術室に到着すると、スタッフたちが陽気に「Hola! Como estás?(元気?)」と声をかけてきます。激痛の中「元気なわけないでしょ!」と返すとドッと笑いが起きる、このラテンな空気感。

麻酔の説明もなく(!)背中に注射され、医師たちが昨晩の世間話をしている間に手術が進行。そしてついに。

「オギャーー!!」

22時19分、元気な男の子が誕生しました。「見て!立派な男の子!キスして!」と顔の前に連れてこられた我が子。担当の看護師さんがなぜか自分の自己紹介(「僕の名前はフェデリコです!」)をして、赤ちゃんを連れて行きました。

Post-op

術後:廊下で2時間待機という洗礼

無事に手術が終わり、手術室から出されました。しかし、病室へ直行ではありません。
「手術室前の廊下」にベッドを置かれ、そこで2時間待機させられます。

これは帝王切開でも普通分娩でも同じで、母体の容態が急変しないか確認するためだそうです。麻酔の影響で眠っていましたが、日本では考えられない「廊下待機」も、アルゼンチンの公立病院では日常の風景なのです。

最後に:医療情報の注意点

本記事は個人の体験談です。医療の内容や対応は病院や担当医によって異なります。必ず現地の専門家またはドクターの判断に従ってください。

用語集:病院で役立つスペイン語 & 知識

Cesárea(セサレア)

帝王切開のこと。緊急の場合は「Cesárea de urgencia」と言われます。アルゼンチンでは帝王切開の比率が比較的高い傾向にあります。

Guardia(ガルディア)

救急外来のこと。夜間や休日に入院が必要になった場合は、まずこのGuardiaの受付に向かいます。

Partera(パルテラ)

助産師のこと。医師と共に出産をサポートしてくれる重要な存在です。公立病院では非常にテキパキ(時に強気)としています。

DNI(デーエヌイー)

国民IDカード。病院での本人確認で何度も番号を聞かれます。また、名前のスペルを聞かれることも多いので、アルファベットでスムーズに言えるようにしておきましょう。

アルゼンチン生活をもっと知りたい方へ

病院事情だけでなく、ブエノスアイレスでの生活に役立つ情報を発信しています。
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– WRITER PROFILE –
朝比奈幸太郎
Article by / Web Manager

この記事を担当:朝比奈 幸太郎

音楽大学にて民族音楽を研究し、卒業後はピアニストとして活動。
北欧スウェーデンでの即興演奏研究、ドイツ・ケルンでの創作活動を経て
現地ドイツにて Stephan Desire 氏より音響学の基礎を学ぶ。

帰国後は「金田式DC録音」の第一人者・五島昭彦氏に師事。
物理特性を極限まで追求した「完全DC録音技術」と「電流伝送理論」を学ぶ。

録音エンジニアとして独立後、芸術工房 Pinocoa を結成。
株式会社ジオセンス・小林一英氏よりC,GPS技術(RTK)を学ぶ。
村上アーカイブスにて村上浩治氏より映像技術を習得し、「音・映像・テクノロジー」を横断するクリエイターとして独自の制作スタイルを確立。

現在はヴィンテージ機材(Revox等)のレストアや、オリジナルマイクの開発・製造も手掛け
音響物理に基づいた実践的な録音理論の構築に取り組む。
ヒーリング音響ブランド:Curanz Soundsでもオリジナルマイクの性能を活かし制作発信中。

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大長志野
Concert Pianist / Tango Artist

音楽プロデューサー:大長 志野

大阪音楽大学卒業後、日本での活動を経てタンゴの聖地・ブエノスアイレスへ渡る。
かつてアニバル・トロイロ楽団の名手であった巨匠ホセ・コランジェロ氏より
「君は今や、僕たちの仲間だ」という言葉を贈られ、
タンゴの歴史にその名を刻む一人として認められた稀有な日本人ピアニスト。

2018年には自身の楽団「Barrio Shino」を率いて日本全国ツアーを成功させ、
1stアルバム『Festejando』には伝説的楽団「コロール・タンゴ」の
ロベルト・アルバレス氏がゲスト参加するなど、現地音楽家からの信頼も絶大である。

その活動は多岐にわたり、アンドレア・ボネリ主演『Borges y Yo』や
『la gran ilusión』など、名優たちとの演劇舞台でも演奏を担当。
ブエノスアイレスの芸術シーン最前線で、伝統と革新を体現し続けている。

MENTORS & TEACHERS
Nicolás Ledesma Adrián Enríquez Mariana Díaz Germán Martínez Cristián Asato 本岡浩子 内藤雅子
COLLABORATION & STAGE
Roberto Álvarez Víctor Lavallen Pablo Mainetti Amelia Baltar Erica Di Salvo Federico Perreiro Nacho Gadano Andrea Bonelli Marcelo Subiotto Patricia Echegoyen
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